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5 釈尊の教え 釈尊の教えって、何でしょう。 いろいろと異論はあると思いますが、ここでは私の考えを記させて頂きます。 釈尊の教えを一言でいうと、「如何にして悟るか」だと考えています。 角川文庫ソフィア「仏教の思想1 知恵と慈悲<ブッダ>」増谷文雄 梅原猛 著 の第三章151頁から152頁の文を引用します。 「比丘たちよ、略、わたしが証(さと)り知って、しかも汝らに説かないことはおおく、説いたことはすくない」 「比丘たちよ、なにをもっての故にわたしは説かないか。比丘たちよ、それは、役に立たないからであり、実践に導かないからである。正覚と涅槃に資するものがないから、私は説かないのである」 釈尊も、一人の人間として約80年も生きたわけですから、その言行録や、又聞き、尾ヒレ、伝説などは膨大なものになると思います。 私はそれらを研究するつもりはありません。 インドには昔から、「さとり」を求める修行者がいました。しかし、「さとり」を得ることは非常に難しいそうです。 殆ど全ての修行者は、死の危険すらも顧みないほど努力しても、「さとり」は得られない(らしい)のです。 そんな中で、「さとり」を得た修行者が出現したことは、大事件だったと思います。 その、「さとり」を得た修行者、即ち釈尊が説いた教えが「如何にして悟るか」であることは、当然ではないかと思います。 当然、他にも、多くのことを説いておられるとは思いますが、一番重要なのは、「如何にして悟るか」だと考えております。 |
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