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坊さんのつぶやき
 順次項を足して行きます。お楽しみに。
 
● 神社参拝の作法(平成12年5月)
   参考までに載せておきました。
 
● 山口の発展のために(平成19年9月)
   地方が生き残るためには、地産地消だけでなく
   企業や小売店も地元を使おうという提案です。
   別ページでつくりました。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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坊さんのつぶやき
 
神社参拝の作法
 
   参考までに載せておきます。縦書きだったものを横書きで載せましたし、書式設定も無効になっているので読み難いとは思いますが、一例として参考にして頂けると幸いであります。

 神社参拝の作法 第二版        平成十二年五月 

 なぜ、神社に参拝する必要があるのでしょうか。それは、参拝した方が、私たち人間にとって都合が良いからです。
 神社などに鎮まる神々は、拝まれても、拝まれなくても、神様であることに違いはありません。
 拝んで御利益があるのは人間の方ですよね。人間は、神様を拝むことによって神様に近付くことが出来ます。気付くと、気付かぬとに関わらず、神様のお陰を頂いて日々を生きていることに違いないのです。

 神様とは何なのか。言葉で簡単に説明することはできません。
 真面目に取り組もうとされる方は、直接お尋ね下さい。
 私の判断により、お話し出来ない場合もあります。
 信仰上の問題ですので、疑心や好奇心などを満足させようとする方もご遠慮願います。信仰とは、自ら行うもので、他人に強要されるものではありません。私はここに、私の考えを示すのみで、何も強要しませんし、人様の流儀を云々するつもりもありません。予めご了承下さい。

    壱 心構え
 天津神(天孫系)、国津神(出雲系)、八百万の神々、八幡神、熊野神などの、個人を祭るのではない神々は、全て、私たち人間よりも優れている存在です。参拝者が何を苦しんでいるのか。何を願っているのか。何を考えているのか。いつ、どこの神社に詣でるのか。全てを予めご存じの筈です。それくらいの事が分からない様な存在では、神様として拝む価値はありませんから。これが、心構えの一つです。即ち「神様は私たちよりも優れた存在であり、何でもご存じである」。

 神様が何でもご存じならば、何故に私たちを直ぐに救って下さらないのでしょうか。私が思うには、神様は出しゃばりではないからで、神様はそれでも困らないからなのでしょう。

 神様を求めれば、神様はその求めに応えて下さる筈です。何故ならば、人間(人間以外もですが)は神の一部だからです。
本来、神様の一部として存在した魂に、妙な癖、即ち「けがれ」が付着しているため、私たちは妙な考えを基に妙な生活を送っているのに過ぎないのでしょう。結果として、「けがれ」が多ければ苦が多く幸が少ない。「けがれ」が少なければ苦が少なく幸が多い。ということになります。
 「けがれ」が多くなりますと、苦が増えてきます。苦を離れて幸を求めれば、自ずと「けがれ」を減らそうという心になる筈です。苦を離れて幸を求める心が生じること。これが即ち神の導きです。これに気付かないと、神様が救ってくれないと嘆くことになります。神様は常に導いて下さっていますからご安心下さい。

 「けがれ」を減らすにはどうしたら良いのでしょうか。これも、詳細は直接お尋ね下さい。簡単に記しますと、神様を拝むことです。神様を拝むことによって「けがれ」が減り、苦が減り、幸が増えるからこそ、人は太古の昔から神様を祀り、拝んで来たのです。一方で、神様を拝まなくても「けがれ」を減らすことが出来るのならば、神様を拝まなくても良いということになります。ですから、私は人様に自説を強要しませんし、人様の流儀を云々しないのです。

 話が横に逸れました。では、拝むとはどういうことでしょうか。これも、詳細は直接お尋ね下さい。簡単に記すと、神様の心になろうとすることです。清く、正しく、楽しく、明るく、・・・
およそ、自分が考え得るもっとも素晴らしい心を思い浮かべ、そうなる様に努力することです。
 自分の願い事をお願いすることではありません。先に記した様に、神様は何でもご存じです。個人的なお願いなど、思い浮かべる必要は無い筈です。
 神前に詣でたら、ひたすらに、神様に感謝し、自分の「けがれ」を懺悔し、先祖や物故者の冥福と、家族、友人、知人の幸せを願った後に、神様の心になろうと努力することが肝要です。そうすることで、自らの心が神様の心と共鳴して、「けがれ」が祓われて行くのです。
 私たちの個人的願望は、神様から見れば子供の願望と同じ様なものです。子供が「毎日カレーライスが食べられます様に」とお願いしたとしても、本当の神様ならば、そんな願いは却下される筈です。自分だけに都合が良い願い。そんな願いを、もしも叶えてくれる神様だったら、それは神様というよりも悪魔に近い存在だと、私は考えます。
 本当の神様だったら、私たちがどんな願い事をしようとも、反対に、願い事をしなくとも、私たちに最も相応しい導きとお陰、即ち御利益を下さる筈です。


    弐 作法
 作法とは、何かを行う者が、行うのに都合が良いから定めたもので、読んで字の如くです。決して、神様の都合で作られたものではありません。従いまして、個々についての説明は省きますので、必要な方は直接お尋ね下さい。

@自宅に神棚があれば、神棚に向かって「ただ今より、日々の感謝と※※の理由により、○○神社に詣でます。無事参拝出来ます様、宜しくお願い申し上げます」と、参拝する旨を予め申し上げます。神棚が無ければ、早めに祀りましょう。

A自宅に仏壇があれば、「ただ今より、日々の感謝と※※の理由により、○○神社に詣でます。ご同行下さり、神様にお取り次ぎ下さい。また、無事参拝出来ます様、お守り下さい」と、ご先祖様にお願いします。仏壇が無い方は神棚でも可。できれば、先祖代々の位牌だけでも良いからお祀りしましょう。

B出発です。

C神社についたら、各鳥居毎に「○○より参りました、◎名前◎です。ただ今より、日々の感謝と※※の理由により、神前に詣でますのでお許し下さい。ご先祖様、ご同行下さり、神様にお取り次ぎ下さい。また、無事参拝出来ます様、お守り下さい」と心の中で唱えます。

D唱え終わったら、左足より踏み出して鳥居をくぐります。尚、特別の定めの無い限り、神社内は左側通行です。真ん中は歩かない様に注意しましょう。

E水場で手と口を濯ぎます(左手、右手、左手で水を受けて口を三回、再度左手)。

F神前に出たら、お賽銭を手でそっと、賽銭箱に入れます。決して投げ入れたりしない様に。額は、少なすぎず(五百円以上)、多すぎない(普通は五千円以下)様に注意します。多すぎるのも、良くないのです。賽銭箱が沢山ある場合、括弧内の金額は合計金額と考えて下さい。

G二礼二拍手一礼(各神社の作法に従って下さい)してから合掌し、心の中で唱えます(声に出しても可)。
「○○より参りました、◎名前◎です。日々の感謝と※※の理由により詣でました。ご先祖様、神様にお取り次ぎ下さい。また、無事参拝出来ます様、お守り下さい。
 天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄 (三回)
 祓い給え、清め給え、幸い給え (三回)
 (嫁、婿は、今の家の)先祖代々、並びに累代、並びに縁(ゆかり)、先祖先亡霊の罪を許し、穢れをお清め下さい。
 (父方の名字)家先祖代々、並びに累代、並びに縁(ゆかり)、先祖先亡霊の罪を許し、穢れをお清め下さい。
 (母方の名字)家先祖代々、並びに累代、並びに縁(ゆかり)、先祖先亡霊の罪を許し、穢れをお清め下さい。
 私にまつわる諸々霊の罪を許し、穢れをお清め下さい。
私、日々犯す種々の禍事、罪、穢れをば、許し給え、清め給え。

       祈念等+しっかり拝む。

 今日より始めて、清く、正しく、明るく、楽しく、生活するよう努力致します。ありがとうございました。」

H合掌を解き、軽く会釈して神前から退きます。
 
I各鳥居をくぐる毎に、振り返って合掌し、「ありがとうございました」と礼を述べます。

Jお疲れ様でした。明るく、楽しく帰りましょう。帰宅したら、神棚と仏壇に、きちんと報告して感謝しましょう。
    

    参 付記
 神社参拝は、行う者にとって必要だから詣でるのです。あまり堅苦しく考えないでも良いでしょう。無礼があっても、怒る神様などいませんから御安心下さい。多くの参拝者がある神社では、右の通りに出来ないこともあるでしょうし、神前を一人で占領してもいけませんから、言葉を省略しても仕方ありません。神様は全てをご存じなので、心配いりません。安心してお参りして下さい。
 疑問に思うことなどは、直接お尋ね下さい。私に連絡がつくということ、これも、ご縁ですから。
合掌

 
 
 
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